日本の様々な事についてふつつか者ですが語らせていただきます。

日航機墜落事故で被害に遭った有名人まとめ。無事だった有名人も

2019/08/14
 
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ササキ
そこらへんの凡人。 友達がいないことを武器に、今日も写輪眼とブログを極める日々。 好きな物は酢のもの、嫌いな物はインスタ(男の)。 好きでも嫌いでもない物はマックのスマイル0円。

1985年に発生した事故、日本航空123便墜落事故

今年の8月12日でちょうど34年目を迎えるそうです。

当時飛行機に搭乗していた520名の命が失われるという日本航空史上最悪、世界的にもかなり犠牲者の多い最悪な事件であったと言えます。

また、事故の当時の原因や対応に対して不鮮明な点が多く、真相について疑うべき点のある事件と言えます。

 

さて、今回はそんな日航機墜落事故について見ていきたいと思います。

ここで見ていきたいのが日本航空123便墜落事故で被害に遭った有名人についてです。

実はこの中にも数多くの有名人が被害に遭ってしまっていることは有名な話です。

果たして、どういった方がこの事故の犠牲者となってしまったのでしょうか?

 

また、犠牲者となってしまった一方で、実は搭乗予定だったのに登場せず、奇跡的に難を逃れたという有名人もいらっしゃいます。

無事だった有名人についてもまとめていきたいと思います。

今回は日航機墜落事故で被害に遭ってしまった有名人と、無事だった有名人についてまとめていきたいと思います。

 



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日航機墜落事故で被害に遭った有名人まとめ

さて、数多くの犠牲者を出してしまった日航機墜落事故ですが、多くの有名人も被害に遭われました。

ここでは、犠牲者となってしまった有名人をまとめていきたいと思います。

 

坂本九


坂本九さんは、昭和世代を代表する歌手、そしてタレントです。

「上を向いて歩こう」や「見上げてごらん夜の星を」などの曲は今でも広く語り継がれていると言えます。

また、他のジャンルでも引っ張りだこで、俳優として多くの映画や舞台に出演したり、テレビで司会をするなど現在で言うマルチタレントでした。

恐らく、現在でも知らぬ人は少ないのではないでしょうか?

 

しかし、坂本九さんは日航機墜落事故で亡くなってしまうこととなってしまうんですね。

当時は43歳と、まだまだお若い年であったと言えます。

 

飛行機に搭乗してしまった理由として挙げられるのが、友人の選挙応援

以前坂本九さんのマネージャーだった方が選挙に出馬されるということで、その選挙応援と事務所開きに掛け合うために搭乗されておりました。

優しさが仇となってしまったとは、あまりにも悲しすぎると言えます…

 

北原遥子


北原遥子さんは、当時宝塚劇団に所属されていた女優でした。

宝塚歌劇団では雪組に所属しており、娘役をメインに行われておりました。

当時は「宝塚随一の美女」と呼ばれ、かなり人気のある女優さんでした。

 

しかし、その後宝塚劇団を退団。

その後は其田事務所に所属し、CMや映画など女優業として活躍されておりました。

 

その矢先、日航機墜落事故に遭ってしまいます。

当時はまだ24歳だったということで、あまりにも若すぎる死であったと言えるでしょう。

搭乗していた理由としては、横浜の実家から大阪に在住している友達に会いに行くため

当時は帰省中だったということです。

 

中埜肇

中埜肇さんは、日本を代表する実業家でした。

阪神電気鉄道株式会社で専務取締役を務めておりました。

また、当時阪神タイガースの球団社長も務めておりました。

 

阪神タイガースへの思いが強かったことが有名で、タイガースのことを知ることは任務の一つであるという理念を持たれておりました。

その為、テレビで報道されるスポーツニュースは全局視聴し、さらにすべてのスポーツ新聞に目を通すなどの徹底ぶりでした。

さらには、野球の観戦も茶飯事行っておりました。

 

そんな中埜さんですが、63歳の時に日航機墜落事故に遭われてしまいます。

搭乗してしまった原因は、急に東京で入った鉄道関連の会議に出席し、そこから大阪に戻る為でした

 

石田一雄

石田一雄さんも中埜肇さん同様、阪神電気鉄道の取締役を務めてらっしゃる方でした。

石田一雄さんは常務を務められておりました。

 

搭乗理由は中埜肇さん同様東京で会議を行い、そこから帰阪する為でした

会社のトップ2人が同時に亡くなってしまったということで、阪神電気鉄道は当時大パニックだったでしょうなぁ…

 

浦川郁夫

浦川郁夫さんは実業家をされている方でした。

カレーなどの食品会社で有名なハウス食品で社長を務められていた経歴があります。

亡くなった当時はまだ社長だったということで、会社にとっては大打撃だったでしょうなぁ…

 

因みに、現在カレールーとして超有名であるバーモンドカレーは浦川郁夫さんが考案されたものです。

いわば、カレー界の名士と言えますなぁ…

 

そんな浦川郁夫さんも日航機墜落事故の犠牲者の1人です。

搭乗した理由としては、当時グリコ・森永事件という脅迫状が送られるという凶悪事件があり、ハウス食品も巻き込まれた事件なのですが、その犯行が終結したということで前の社長の墓に赴き、終結を報告するために搭乗されていました。

一安心した矢先にこのような事故に巻き込まれたということで、かなり不幸な最期だったと言えますなぁ…

 



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塚原仲晃

塚原仲晃さんは医学の学者をされている方でした。

東京大学の医学部を卒業されているという超エリートですね。

卒業後は大阪大学で大脳や脳神経を専門にされておりました。

シナプスや記憶に関しては世界的にも有名な方だったようですね。

 

そんな医学界の権威である塚原仲晃さんも、日航機墜落事故によって命を落としてしまいました。

搭乗してしまった理由としては、当時文部科学省が中心となって研究していた「脳の可塑性」について文科省と打ち合わせをした帰りだったことが挙げられます。

 

辻昌憲

辻昌憲さんは自転車競技の選手でした。

中京大学に在籍しており、東京オリンピックにも個人ロードレースで出場されております。

その後は島野工業に入社し、シマノレーシングという自転車チームの初代監督をされております。

 

しかし、辻昌憲さんも日航機墜落事故に遭われてしまいます。

当時39歳と、まだまだお若い年齢でした。

 

搭乗していた理由としては、当時行われようとしていたシマノグリーンピアロードレース大会にあたっての打ち合わせをしており、その帰りだったことが挙げられます。

因みに、その際は辻昌憲さんの同僚も搭乗されており、その方々も同時に亡くなってしまいました。

 

竹下元章

竹下元章さんは、プロ野球選手をされていた方でした。

高校卒業後に広島カープに入団しております。

しかし、プロではそこまで活躍することができず、5年目で引退してしまいます。

その後は三菱電機グループに所属し、社会人として働かれておりました。

 

その中、竹下元章さんは日航機墜落事故に遭われてしまいます。

当時47歳でした。

 

搭乗した原因としては、当時東京農業大学第二高校の野球部に所属されていた息子さんの応援のため阪神甲子園球場に行こうとしていたことが挙げられます。

自信の父を自分の応援のせいで亡くしてしまったということで、竹下元章さんの息子さんにとってもかなりの苦しみを負ったと言えるでしょうなぁ…

 

石野喜一

石野喜一さんは、社長をされていた方でした。

当時は神栄石野証券という会社で社長をされておりました。

因みに、この会社はその後SMBC日興証券の子会社としてSMBCフレンド証券と改名し、現在は完全に合併してしまっています。

そんな石野喜一さんも日航機墜落事故に巻き込まれてしまっております。

 

藤島克彦

藤島克彦さんは、当時コピーライターをされている方でした。

小説家や劇作家をされている中島らもさんのご師匠さんでもありますね。

 

緋本こりん

緋本こりんさんは、当時は同人誌の漫画家をされている方でした。

搭乗した理由としては、当時都内でやっていたコミックマーケットで行われていたイベントに参加した帰りだったことが挙げられます。

 

山本幸男

山本幸男さんは実業家をされている方でした。

住宅関連で有名なミサワホームで専務をされていました。

 

和田浩太朗

和田浩太朗さんは美容研究家をされている方でした。

また、ミス日本の審査員という経歴もありますね。

 



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日航機墜落事故で無事だった有名人まとめ

さて、以上のように日航機墜落事故では数多くの有名人が亡くなってしまった一方で、実はこの飛行機に搭乗予定だったものの結果乗らず、命拾いをされたという方もいらっしゃいます。

ここでは、日航機墜落事故の被害に遭わず無事だった有名人について見ていきたいと思います。

 

明石家さんま


明石家さんまさんは、言わずと知れた超有名お笑いタレントですよね!

一応経歴の説明をすると、若い頃は落語家を目指し2代目笑福亭松之助の弟子となるものの、お笑いタレントに転向されます。

どうやら、落語がそこまで面白ないものの、人と交流させることで才能が輝くと当時の明石家さんまさんのマネージャーが考えたからのようです。

 

マネージャーさんの読みは当たり、俺たちひょうきん族などを皮切りにトップタレントへと上り詰めます。

現在でもその座は健在で、踊る!さんま御殿!!やホンマでっかTVで司会を務められています。

 

そんな明石家さんまさんも、日航機墜落事故の起こった便に乗ろうとしていました。

搭乗理由は「MBSヤングタウン」というラジオ番組に出演されるためです。

しかし、その前にしていた仕事の「俺たちひょうきん族」の収録が早めに終わったため、一便早い違う便に振り替えたそうです

一歩間違えれば日本屈指のお笑いMCが命を落としていたと考えると、こちらまで恐ろしくなってきてしまいますね…

 

麻実れい


麻実れいさんは日本を代表される女優さんですね。

宝塚音楽学校に入り、そこから宝塚劇団の雪組に配属。

一時期は雪組の中のトップスターにまで上り詰めます。

 

宝塚を引退された後は女優として数多くの作品に出演されます。

読売演劇大賞や日本アカデミー賞等、数多くの名誉ある賞を受賞されているほど実力のある女優さんです。

 

そんな麻実れいさんも、日航機墜落事故のあった便に搭乗されようとしていました。

ちなみに、搭乗をしなかった理由としては、仕事が早く終わり、便を1便はやめたことが挙げられます。

日本を代表する女優まで命を落としかけていたとは、あまりにも恐ろしい事件ですよね…

 

当時の笑点メンバー

当時笑点メンバーであった五代目三遊亭圓楽さん、桂歌丸さん、林家木久扇さん、林家こん平さん、三遊亭小遊三さん、六代目三遊亭圓楽さん、桂才賀さん、山田隆夫さんも事故に巻き込まれそうになりました。

搭乗しようとした理由としては、徳島で行われる阿波踊りに行こうとしていたことが挙げられます。

しかし、その際に乗ろうとしていた便が悪天候で大幅に遅れたため、代わりに事故の起こった便に乗る案が出ていたそうです。

 

ただ、直前に林家こん平さんが予定通りの便で行くことを提案されたため、難を逃れることができました

林家こん平さんの提案がなければ今頃笑点はなかったかもしれませんね…

 

ジャニー喜多川

ジャニー喜多川さんは、芸能事務所ジャニーズの社長をされていた方です。

最近亡くなってしまったことで話題となりましたよね。

 

ジャニー喜多川さんもこの事故に遭いかけた一人です。

搭乗をしようとしていたものの、仕事の都合で直前にキャンセルとなり、事故から逃れることとなります

事件当時はまだ光GENJIデビュー前ですから、もし搭乗されていたらここまでジャニーズは発展していなかったかもしれませんね…

 

逸見政孝

逸見政孝さんはアナウンサーをされている方でした。

フジテレビに所属され、のちにフリーアナウンサーとなっております。

代表的な番組としては「FNNスーパータイム」や「たけし・逸見の平成教育委員会」、「3時のアナタ」などが挙げられます。

 

そんな逸見政孝さんも、この日航機墜落事故に巻き込まれかけておりました。

搭乗しようとした理由は、大阪の実家に帰省することが挙げられます。

しかし、奥さんが飛行機嫌いだったことと、長男が新幹線の方が安いという提案を行い、新幹線に変更されました

奥さんと息子さんのおかげで、家族が不幸にならなかったと言えますね…

 

稲川淳二


稲川淳二さんは、タレントをされている方です。

怖い話で有名な方ですよね。

当初はリポーターやリアクション芸人としての仕事が多かったものの、その後ラジオ放送での怪談が好評だったことをきっかけに、怪談の仕事をかなり多くするようになりました。

今では怪談のライブで数多くの動員数があり、怪談タレントとして名を馳せていると言えるでしょう。

 

そんな稲川淳二さんも日航機墜落事故に巻き込まれそうになっておりました。

搭乗しようとした理由としては、健康番組である「稲川淳二のためになる話」を終わった後、仕事で大阪に行かなければならなかったことが挙げられます。

しかし、その時体調不良に見舞われてしまったため、急遽翌朝の新幹線に予定を変更したため、事件に巻き込まれずに済みました。

もしかしたら、体調不良は稲川淳二さんの守護霊によるものだったのかもしれませんね…

 

久万俊二郎

久万俊二郎さんは実業家をされている方でした。

阪神電気鉄道で社長や会長などをされておりました。

また、阪神タイガースのオーナーもされておりました。

中埜肇さんや石田一雄さんの上司というべき方だったと言えるでしょう。

 

そんな久万俊二郎さんも彼らと同じ便で登場する予定でした。

搭乗動機はお2人と同じく、会議の帰りだったことが挙げられます。

しかし、急用により急遽その会議に出席できなくなったため、帰りのその便にも乗らずに済みました

 

佐々木正

佐々木正さんは電子工学の技術者ですね。

また、シャープの副社長や工学の博士という経歴もあります。

超小型の電卓に使われている液晶の開発で有名なかたですね。

また、電気電子分野の国際的な学会であるIEEEの名誉会員という肩書も存在します。

 

因みに、ソフトバンクの設立者である孫正義さんがまだ会社を設立する前に資金1億円を融資していますね。

佐々木正さんがいたからこそ今のソフトバンクが存在すると言っても過言ではないでしょう。

 

そんな佐々木正さんは、大阪の実家に帰省するために飛行機に搭乗予定でした。

しかし、急遽フィリップスの社長と会食をすることになったため、搭乗をしなかったそうです。

フィリップス社長には感謝をしてもしきれませんなぁ…

 

勝谷誠彦

勝谷誠彦さんはコラムニストですね。

数多くの取材や講演活動を行われております。

 

とくに有名なのが「そこまで言って委員会」ではないでしょうか。

何度も出演されていますからね…

また、近年では兵庫県知事選に出馬するも、落選してしまったこともニュースとなりました。

 

そんな勝谷誠彦さんですが、危うくこの事故の犠牲者となりかけておりました。

搭乗をやめた理由としては、知人に会いに京都に行くため、新幹線に変更したことが挙げられます。

 

ちなみに、この事件以降勝谷誠彦さんは日本航空を全く使用せず、代わりに全日空を中心に使用されているということです。

飛行機を使うというのは変えないんですね…

 



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まとめっ

ここでは、以下についてまとめていきました。

・日航機墜落事故で被害に遭った有名人

・日航機墜落事故の難を逃れた有名人

こう見ると、この便による影響というのはかなり多かったことが言えますね…

笑点やジャニーズまでもを奪いかけていたと考えると、恐ろしいことこの上ないといえます…

二度とこのような事故が起こらないよう、祈るばかりですね…

 

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ササキ
そこらへんの凡人。 友達がいないことを武器に、今日も写輪眼とブログを極める日々。 好きな物は酢のもの、嫌いな物はインスタ(男の)。 好きでも嫌いでもない物はマックのスマイル0円。

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